こんにちは!当ブログ管理人の真中ユウ(@manakayuu00)です。
私は物心ついたころから絵を描いてきて、中学生頃からは小説も書いていたタイプのオタクです。一次創作・二次創作ともに夢中になりましたし、どちらでも同人誌を作り、イベントにサークル参加して売っていたこともあります。
そんな私ですが、うつ病を発症したタイミングで創作から離れる生活になりました。あれから約3年が経っています。
X(旧Twitter)などではよく「創作をやめると自分の価値を失った気分になる」という話が定期的にバズっていますが、私もよくわかる体験だなーと感じます。というわけで、私の場合の体験談を書いてみました。
もくじ
創作をするということは、繊細さと隣り合わせ
突然ですが、「繊細さ」についての話です。創作をすることって、繊細さを持ち合わせていないとできないことだと思います。ここからは創作をやめて楽になった話。
某CMで歌手が言っていた言葉「繊細で、タフでなければいけない」
某CMで某歌手の方が「私は歌い続けるために、繊細で、タフでなければいけない」と言っているのをご存じの方もいると思います。私はこれを聞いて、「創作者ってやっぱりそういう要素と隣り合わせなんだな」とひしひしと感じました。
創作をする=繊細さを持っていなければいけないというのは、私もすごく同意するところです。
というのも、創作している間は気付いていませんでしたが、創作しなくなった今思うのは「創作していた頃は、感受性のアンテナを常に敏感に立たせていたな」ということです。
職業:アーティストは「繊細」で得をするが、一般人は損をするだけ
某CMに出ているレベルの歌手の方は繊細でなければいけないのかもしれませんが、一般人が「繊細」でいても何か得をすることはないと思います。むしろ損をする側面のほうが大きい。私の場合は、こじらせてうつ病まで発症しました。(笑)
私はうつ病を患ったのはある程度、創作のために感受性のアンテナをびんびんにしていたことも理由のひとつとしてあると思います。大小さまざまなニュースに耳を傾けて心を傷めたり、深入りして傷ついたり。そういうことが創作の種になると信じていたし、実際なっていたと思います。
だから、「創作をする=繊細であること」をやめたことで、感受性のアンテナを立てておく必要がなくなって、すごく楽になった部分はあります。
やっぱり繊細でいようとするのはつらいです。簡単に言うと、世界中のあらゆる悲しいニュースに引っ張られます。これはあえて自分の繊細さを生かしておいた人にしかわからない苦しみだと思います。
私はうつ病になってから、繊細な自分というものを閉じ込めて、ある程度鈍感に生きようと努めてきました。結果、うつはかなりよくなって今は安定しています。
創作は確かにやめると楽だ。でも、自分の価値を失った気分でもある
ここからは、創作ををやめたあとの苦しみについてのお話です。
創作をしている自分に存在価値を見出していると、苦しい
私の友人が「社会人になって創作をやめてから、自分に存在価値がなくなったようで苦しい」と言っていましたが、とても気持ちがわかります。
創作をしていない人からは想像できないのかもしれませんが、とくに幼いころから創作をしていると、「創作をしない=何もしていない自分」のように感じられて苦しいのです。
周りの人にこの相談をしても「そんなことないよ」とたしなめられますが、確かにこの苦しみは存在するのです。私は病気治療のためにあえて創作からある程度距離を置きましたが、その私ですら同じことを思うので、環境の変化などで仕方なく創作から離れた人はより苦しいと思います。
解決策としては生活の中で少しでも今までの創作を続けていくこと……しかないような気がしますが、社会人になると時間の確保は難しい問題ですよねえ。
創作で培ったコミュニティに居づらくなることもある
創作をしているとコミュニティに参加しやすい側面があると思います。とくに二次創作。絵や小説で界隈を盛り上げていると、同じようなことをしている人と仲良くなりやすいものです。
場合によりますが、創作者をベースにしたコミュニティは、創作をしていない人が参加しづらい空気にあるかもしれません。その場合、創作から離れるとコミュニティをひとつ失うことにもなります。
これまで培ってきた人間関係を失うというのも、創作から離れるデメリットと感じる人は多くいると思います。私の場合は創作から離れても幸い仲良くしてもらえていますが、居心地の悪さを感じる人はいるでしょう。
私の場合:やっぱり創作からは離れられなかった
ここからは私の話になるのですが、病気を患ってもなお創作に戻ろうとしています。というか、戻りました。我ながら馬鹿だな~と思うのですが、それでもやめられないのが性(さが)というやつなのでしょう。
ここまで書いてきたように、私は繊細で居続けることにリスクを感じて創作から離れる選択をしました。感受性を閉じ込めておけることは確かに楽だけど、同時に存在価値を失ったようで苦しい気分でもありました。で、結局創作活動を再開する決断をしたのは苦しさが勝ったからだと思います。自分の存在価値を自分でもう一度認めたくなったのです。
とはいえ、某CMの歌手がいうように、創作をする人に必要なのは「繊細さ」だけでなく「タフさ」です。私にはタフさが欠けていたんだなーと今は冷静に思います。病気が悪化しない程度にやっていこうかな。
創作から離れても、いつでも戻っていい
以上のような内容をパートナーに相談したところ、「いや、やめたって言っても、またいつでも始めればいいじゃん」とあっけらかんと言われて「それはそう」となりました。(笑)
一度離れたからといって、二度と戻れないわけではない。かの宮崎駿監督だって、引退宣言をしてから何度も戻ってきている。なんだか難しく考えがちですけど、そんなかんじで軽く考えていいのだと思いました。
今これを読んでいるあなたも、いつでも気軽に創作をしたり距離を置いたりして、日常生活とのいい塩梅を見つけられるように願っています。
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